
形見分けって些細なやり取りだけど、実はかなり露骨に人間性が現れるのだと知り、興味深かった。
ちなみに「晶文社」の社長は、「なるべく先生が、最後の頃まで使っておられた物を」と、最晩年まで食卓で使っていた、湯飲みを選んだ。「これで焼酎のお湯割りを飲みま~す!」と、喜んでいた(良いチョイスだと思う)。
「戦後思想界の巨人」とリスペクトされる吉本隆明さんの長女で、漫画家のハルノ宵子さん執筆の『隆明だもの』は、“観察と記述の鬼”であるハルノさんが、渾身の想いを込めて、書き綴った「吉本隆明論」(エッセイの体裁をとった)です。全部で32ほどのエッセイが収録されています。今回は28番目の「形而上の形見」を取り上げます。
まずは、3ページの半ばあたりを引用しました(当該エッセイは7ページの分量)。たくさんの人が弔問に訪れます。その様子をハルノさんは紹介するのですが、その観察力は「さすが!」 です。
昔、2~3ヶ月に一度のペースで訪れていた読者(時に子どもらを連れて)が弔問に訪れ、書斎を見ている時に、ハルノさんは「何か一つ形見にお持ちください」と伝えたところ、その人は、30㎝程の魚の形をした(中東辺りの?)真鍮の守り刀を手に取ります。
「ええ~っ! いいんですか? だってソレ、誰かのみやげ物で、父には何の思い入れも無いと思いますよ」と念を押したが、「いやぁ、これが吉本の書斎にあったってだけで、自慢できますよ!」と、意気揚々と持ち帰って行ったので、ア然とした。
ハルノさんはこの読者について、「父の話を聞くというよりは、どちらかと言うと自分の仕事の現状や、自慢話を長々としゃべっていく人だった」ので「あまり興味が持てない人だった」と、語っていますから、ハルノさんが感じていた“人間性”が露見したということでしょう(笑)。
もっとも、このような読者にもウェルカムで対応していた、吉本隆明さんのオーブンな“人間性”が伝わってきます。隆明さんは、ネイティブコーチそのものですね。
糸井重里さんについてもハルノさんは紹介します。
隆明さんは万年筆派で、最初はパーカー、それからはモンブラン愛用していたようです。ただ、亡くなる10年以上前から視力の低下で万年筆の表と裏が分からなくなり、晩年はどこの文具屋にも売っている、水性ボールペンに変ります。
糸井さんは、「何か書く物がいいな。ペンとか」と言ったので、残っていた昔のモンブランを数本見せたのですが、残念なことにどれも書けないのですね。
糸井さんは、「これちょっと全部借りてっていい?」と持ち帰ると、後日再び持ってきて、「コレとコレとコレが書けた。後はダメだった」と、その中の1本を持って帰った。近所にモンブランの専門店があったので、メンテナンスに出してくれたのだと言う(え~っ!? モンブランのメンテって、お高いのに)。
このエッセイのタイトルは「形而上の形見」です。その意味が最後の2ページで語られます。
父が亡くなって2、3ヶ月後のことだ。ふと門灯の上に、小さな2輪の山桜が置いてあるのを見つけた。「賢治だ!」と確信した。なぜなら3月半ば、桜の時期にはまだ早く、うちの周辺には花は無い。その山桜は、賢治の近所の神社に1本咲いているだけだ。門灯の小さな桜は誰にも気づかれず、しおれてチリとなって、風に吹かれて消えてしまったことだろう。もちろん賢治は想定済みだ。しかし父を“悼む”思いだけが、永遠にこの世界に刻印される。残念ながら(?)私はカンがいい。その小さな山桜をおちょこの水に入れ、父に供えた。
「賢治」とは誰か?
私が勝手に「賢治」と呼んでいる人がいる。10数年前に最初に見た頃、あの有名な宮沢賢治の写真みたいな、帽子とコート姿で歩いていたからだ。賢治とは深夜の1時頃に出会う。その頃私は、“猫巡回”と称して、深夜1周800m程を猫にエサをやり観察しながら、自転車で走っていた。
深夜の“猫巡回”については、3月23日にアップした<臨終の瞬間、離れた場所にいる私の耳に「じゃあな!」という父の声が聞こえた>の中で紹介しています。クリックしていただくと幸甚です。
その「賢治」を後ろから見ると、身体が少し左に傾いているので「脳梗塞などのリハビリで歩いているんだろうな」と、ハルノさんは推測します。「2人共誤差、2、3分程度で、毎晩同じそれぞれのコースを行くので、必ずどこかの地点で、すれ違ったり追い越したりする」のですが、言葉を交わしたことは一度もありません。
ある時、「この人、父の読者だ」と、直感した。賢治は私がうちの私道から、自転車で出るところも目撃しているはずだ。だからきっと、私の「正体」も知っている。それでもお互い「コンバンワ」もない。ただすれ違う赤の他人(以上の)他人感で、すれ違う。かなりの“手練れ”だ。
「形而上の形見」は、賢治による「小さな山桜」でした。
「今年に入ってからのことだ……」と、始まる〆のパラグラフは8行です。夜中に、タッタッタッと小走りに駆け抜けて行く人と、2、3度すれ違った時、突然ハルノさんは気づきます。当該エッセイ最後の5行を引用し、今回の「コーチング大百科」を終えることにします。
「賢治だ!」同じ帽子をかぶっている。10数年かけて、彼はそれができるようになったんだ。私は激しく自分を恥じた。敗北感に打ちのめされた。賢治が1歩1歩前に進んでいる10数年の間に、私は人工又関節になり、2度がんをやり体を壊し、もう婆さんだからと自嘲をし…「何やってたんだ!」。父の真の形見を受け取ったのは、こうした無名の市井の人なのだと思う。
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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