「功成り名を遂げた人」が、ある日ふと、自分の人生をむなしく感じる時がある…このような表現を多く見聞きします。前回の解説は、ユングの「自我」と「自己」を、河合隼雄さんが『＜心理療法コレクションⅠ＞ユング心理学入門』のなかで解説している箇所を引用し、紐解いてみました。今回は、その続きをやってみようと思います。第7章「自己」にある一節です。
自己の存在を忘れたひとはどうなるであろうか。自分の意識体系を強化させ、発展せしめると同時に、無意識なもの、すなわち、非合理的なもの、劣等なものを抑圧してきたひとは、その強い自我によって地位や財産を築くことになろう。しかし、ふとあるときに自分の地位や財産や、その仕事など、彼が誇りとしてきたものの「意味」がわからなくなったと感じ出すかもしれない。簡単にいうならば、そのひとたちは、自分が自分のたましいと切れた存在であることに気づき始めるのである。（255ページ）
河合さんは、そのような悩みを抱え、ユングのもとを訪れた人のことを語ります。「なかには、外的に何もかも適応していて、その『適応性に悩んでいる』と逆説的な表現をしたひとさえある」と、河合さんらしい説明も添えて解説してくれます。
河合さんは、この章のまとめにむかって「自己実現」が内包する“深み”に向かって言及を重ねます。「自己実現」については、マズローが提起した「欲求五段階説」が世界的にも有名であり、多くの人が、その理論に触れ、「なるほど…」と、「理解できた感覚」をもたれているのではないでしょうか。CBLコーチング情報局でも、「ロジャーズと共振したマズロー」という視点で「人間性心理学」を解説しています。
河合さんも「自己実現」にアプローチしていきます。さまざまな人とのカウンセリングを通して、「対決」を見据えてきた「河合さんの思い」が匂い立つ文章として綴られます。
このように述べても実際に行うことは、危険性も高く、むずかしいことである。実際、ある個人が自己実現の問題に直面するときは、そのひとにとって最も危険なときであるとさえいえるだろう。このときには多くのひとが、自分の今までもっていた価値観が逆転するような感じさえ経験する。（中略）
そして、その際における危険性について、読者の方は悟っていただけると思う。実際、自己実現のためには、今まで自分が絶対によしとしていたこともすて去らねばならぬときさえあり、ユングが、「すべて良いものは高くつくが、人格の発展ということは最も高価なものである」と述べているのも、うなずけることである。（257ページ）
今回の解説の最後に、ユング派心理学者としての矜持が感じられる河合さんの言葉を、引用しておきます。
ユングの提唱した自己実現の考え、そして、その考えに含まれている人間の心の内部に存在する可能性に対する信頼は、その後多くの心理療法の学派の考えのなかに反映されてきている（直接的な影響はあまり多くないと思われるが）。ただ、アメリカにおける自己実現の考えは、その光の部分のみを見て、ユングが述べているような暗い部分を見逃してしまっている点に、甘さを感じさせられる。心理療法にたずさわるものとして、人間の成長の可能性への信頼をもつことは非常に大切であるが、自己実現に伴う危険と苦しみをよく知っていることも必要なことであると思われる。（259ページ）
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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