ユダヤ人中学で同級生となったアンネとジャクリーヌさんは、お互いの家に泊まり合い、秘密を分け合うかけがえのない友だちとなります。しかしアンネの隠れ家への潜行により、二人は離れ離れとなり、もう二度と会うことは叶いませんでした。アンネは日記の中で彼女にヨーピーとあだ名をつけ、しばしば登場させています。また『アンネの日記』には二通だけ実在の人物に宛てた手紙が記されていますが、その宛名がジャクリーヌさんです。
『生きるとは、物語をつくること』の「二人のルート～少し長すぎるあとがき」は全部で30ページです。その中で、『アンネの日記』とジャクリーヌさんに関するエピソードが、6ページにわたって綴られます。そのスタートは…
実は対談のあと、私自身一つ思い出しことがありました。私はかつて、ルートという名の人物に会った経験があるのです。貴重な記憶として大事にしまってあったにもかかわらず、少年の名前を決める時にはなぜか思い出しもしませんでした。それが先生との会話によって突如よみがえってきました。
このルートさんは、上記引用にある、ジャクリーヌさん（ジャクリーヌ・ファン・マ―ルセン）のご主人です。引用にあるその手紙を、ジャクリーヌさんは戦後に受け取ります。もちろんアンネの死後です。『アンネの日記』は、世界一有名な日記であり、そこに登場する人物が自分であることを、ジャクリーヌさんは長く秘密にしていたのですが…
……月日の流れとともに、自分に課せられた使命に突き動かされ、1990年、二人の思い出を綴った本をオランダで出版しました。1994年にその本が『アンネとヨーピー わが友アンネと思春期をともに生きて』（文藝春秋／深町眞理子訳）として出版された時、ジャクリーヌさんは夫ルートさんと一緒に来日されました。そのおり、私がインタビューさせていただく機会を得たのです。
何か真剣にコトを行なっていると、不思議な“つながり”が生じていることに、人は気づくことが出来ます。河合さん、そして小川さんは対談の中で、さまざまなエピソードによって、そのことを語ります。ルート君のネーミングはルートさんとはまったく関係ありませんから、まさに、不思議な“つながり”ですね。
そのルートさんもまた隠れ家生活を生き延びたユダヤ人でした。少年ルートはユダヤ人狩りから逃れるため、両親と離れ、オランダ東部の小さな村に住む一家に、“甥”として預けられます。ヘンクとヒルダの夫婦には二人の幼い子供があり、当然ユダヤ人の少年をかくまうことには大きな危険が伴います。事実、人間らしい正義感から意志を貫こうとする夫婦に、妻の母親は異を唱えます。賢い少年ルートは、自分の置かれた難しい立場も、一家の事情も十分に理解します。その上で、かくまってくれる夫婦が神への信頼をすべての根本に置いている様子を感じ取り、全面的に彼らに心を許します。
ジャクリーヌさんの本には、1943年撮影のルート少年の写真も掲載されています。小川さんは、「改めてご主人にもゆっくりお話を伺いたいですね」と、思わず言葉にします。「ルート少年の写真があまりにも可愛らしいので…」と、言葉を添えて。
ルートさんは穏やかな微笑を浮かべ、小さくうなづきましたが、多くは語りませんでした。写真の少年は本当に忘れがたい魅力を放っているのです。誰かに呼び掛けられ、肩越しにこちらを振り向くようなポーズを取っています。（中略）
このルートさんと、小説に登場するルート。二人はもちろん無関係です。偶然同じ名前を持ったというだけに過ぎません。しかし河合先生とお話ししたあとでは、彼らを簡単に無関係の一言で片づけられないのです。……
小川さんの中に、また一つの「物語」が生まれました。6ページにわたって綴られる、ジャクリーヌさんとルートさんに関するエピソードの最後のパラグラフを引用して、今回の解説を終えることにします。
ああ、こんなふうにして物語と現実はつながってゆくのか、と私は実感します。自分の書いた小説が、ただあてどもなく宙を漂うのではなく、現実の大地と交信し合っている、その手触りを感じます。小説を書くことには意味があるのだと、素直に思える瞬間です。
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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