河合隼雄さんは、作家でも文芸評論家でも文学博士でもない、けれども…

思い切り想像の翼を飛翔させ、どんなに遠く現実から離陸したつもりでも、物語は宙にふわふわと漂う単なる妄想ではなく、根は必ず、現実を生きる人間の内面と結びついているのです。逆に、そうでなければ小説は意味を持たないでしょう。

筆者は文芸評論を読むのが好きなのですが、プロの読み手の手にかかると、小説家が自分の「頭」でつくり上げたと思った「物語」は、小説家の「全身」を離れて、「別の誰かがつくり、別の誰かとつながっている」と、その小説家に実感させるほどの「優れた解釈」がなされることがあります。

生きるとは、物語をつくること』は、河合隼雄さんが、小川洋子さんの『博士の愛した数式』に感動し、それを知った新潮社の編集者が取り持ったことで、誕生した対談です。その対話のなかで、河合さんが語る「解釈」に対して、書いたはずの自分の小説に、驚きを感じるシーンがさまざま登場します。 
小川さんは、「小説を綴っていると、自分ではなく“誰か”によって書かされているように感じることがある」と言葉にします。この告白こそが、優れた小説家の証明なのかもしれませんね。

上記引用の続きです。

それにしても物語について、これほど柔軟で、どんな人の心にも寄り添える解釈を示したのが、作家でも文芸評論家でも文学博士でもなく、臨床心理学の専門家であったというのは興味深い事実です。心理分析の治療の現場で、物語という非科学的な作り物が重要な役割を果たしているとは、思いもしませんでした。

小川さんは、この後で「ナラティブ・ベイスト・メディシン」に触れます。定義は書かれていないので補足すると、ナラティブ(Narrative)とは「物語「のことですから、患者の「物語」をしっかり受けとめ、共感し、対話を重ねながら医療を行っていくことです。小説家の小川さんは、「物語」が人を救う姿を、次のように語っています。

……化学療法を受けて髪の毛が抜けた母親のために、娘は通信販売のカタログで帽子を選びます。すべて自然素材で作られた、“禿げでなくとも帽子はかぶるものという感じ”のデザインです。その時娘は、昔、新学期やクリスマスのおり、母親と一緒に洋服を買いに出掛けた思い出をよみがえらせます。そしてその買い物が必ず子供のためであり、母親の洋服を買うために出掛けたことは一度もなかった、と気づきます。母と娘は家の中ではどんな帽子がいいか、外出する時はどれがいいかとあれこれ話し合います。まるで再び、外へ出掛けられる時が母親に訪れると、信じているかのように……。

「CBLコーチング情報局」では、2009年~2010年出版された『<心理療法コレクションシリーズ>Ⅰ~Ⅵ』を取り上げることで、河合隼雄さんの紹介を始めています。この6冊は、生前に出版された河合さんの学術研究のアンソロジーであり、追悼集としての性格も有しています。 
小川さんがここで語る「ナラティブ・ベイスト・メディシン」を読んだ時(数年ぶりの再読です)、昨年の8月30日にアップした「コーチの私が“究極の対話”を行なっている姿を想像してみる!」を思い出しました(それを書いた際は『生きるとは、自分の物語をつくること』は想起していません。それと「つながった」わけです)。河合さんが、スイスのユング研究所で臨床心理学を学んでいた1960年の時のエピソードです。河合さんはこの経験によって、「ユング心理学」を学ぶことの意義を明確に受けとめます。「ここから河合さんの臨床心理学者への道がスタートした」と、感じられる逸話です。再掲させていただき、今回の解説を終えることにしましょう。

河合さんは、スイスの精神病院でアルバイトしていたときの経験を語ります。寝たきりの患者さんを1時間ほど日光浴させ、その間雑談するというものです。その患者さんは、カルテを盗み見てしまったことで、自分は回復の見込みがなく死を待つばかりである、と河合さんに告げます。そのことを当時、河合さんのスーパーバイザーであったシュピーゲルマンさんに言うと、次の言葉が返ってきます。

それならば、その人の「死の準備」として話し合いをしないかと言う。彼の友人の、ユング派でカソリックの神父でもあるエールワードさんという人は、もっぱら死んでいく人の心の準備としての分析をしていると言う。

私はとうていそんなことをする力はありませんと言って断ったが、そのときも、ユング心理学を私が学ぶことは、ほんとうに意義あることだと感じた。今でこそ、死への準備のための面接をする人は増えてきたが、当時(1960年)は、まだまだ非常に少なかった。このように死の問題を正面からたじろぐことなく受けとめようとしている学派を選ぶことになったことに対して、そこに内的な必然性を感じさせられたのである。

この対話はカウンセリングに限定されるものではありません。コーチの私がその「究極の対話」行っている姿を想像してもいいのです。


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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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