河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の54番目のタイトルは、「“幸福”になるためには断念が必要である」です。
このエッセイ集は全部で55ほど集められていますので、この回を含めて、あと2回となりました。あらかじめ55ほどエッセイを重ねていく、という前提でこの本がつくられたかどうかは「?」ですが、あえて、河合さんが「残りはあと2回となった」という思いを込めて、綴られたエッセイではないか? と勝手に想像すると、腑に落ちる印象です。
というのも、とても「情熱的」であり、臨床心理学者の河合さんではなく、ご本人の「強い思い」が込められたエッセイのように感じられるからです。
河合さんは「歌劇・カルメン」にインスピレーションを得ます。まずはストーリーを簡単に紹介しましょう。
パッションの塊と言っていいカルメンは、軍人のホセを誘惑します。カルメンに惚れ込んでしまったホセは軍人の職を擲ち、求婚します。ところがカルメンは、すぐに闘牛士のエスカミリオを好きになってしまうのです。友人たちが「ホセは怒り狂っているから危ない。逃げた方がいい」と、忠告してくれたにもかかわらず、カルメンは逃げない。カルメンを見つけたホセは、よりを戻してほしいと訴える。ところが、カルメンは「あなたのことはもう愛していない」と言い放ち、彼に貰った指輪を投げ捨てるのです。激怒したホセはカルメンを殺してしまう…という顛末です。
歌手の成田絵智子さんという方がいつかテレビで語っておられたことだが、自分は何度と数知れぬほどカルメンを演じているが、いつも最後にホセに胸を刺される場面で、カルメンとして「ああ、これでよかったのだ」と思う、とのことである。
これは、なかなか示唆深い言葉である。オペラ歌手として、おそらくカルメンになったのと同じ気持ちで演じてきた人が、最後に殺されるときに「これでよかった」と思う。おそらく、カルメンが実在していたら、おなじように思ったのではなかろうか。だからこそ、カルメンがこれほどまでに人気を博すのではなかろうか。音楽の素晴らしさがあるのはもちろんだが。
河合さんは、成田絵智子さんの「言葉」を借りていますが、カルメン自身の心の内を想像したうえでの解釈であり、「河合さんの想像力が発揮されすぎているのではないか?」と感じてしまいました。カルメンについては、実は河合さんが「独自の幸福論」を語るための「導入」であったようです。
このとき、「これでよかったのだ」と言われたが、「これで幸福だった」とは言われなかったところが興味深い。両者の間には微妙なニュアンスの差があると思われる。
ところでカルメンがエスカミリオを好きになっても、それを断念していたら幸福だったろうか。ホセと何とか一緒に暮らし、孫まで生まれて、密輸入者のおばあちゃんとして一生をすごすのは幸福だろうか。あるいは、ホセに最後に出会ったとき、何とかごまかして逃げ、あちらをごまかしたり、こちらをごまかしたりして生きてゆくとなると、それは彼女のプライドがゆるさないであろう。
そして河合さんは、「“幸福”を手に入れたい人は、何らかの断念が要るのではないか」と、タイトルの意味を語り、「他人の“幸福”とのかかわり合い」へと視点が転じます。
他人の「幸福」のために何らかの断念を行なったという人は、あんがいにある。それは時に美談にさえなる。誇りにしている人もある。それは確かにそうだとは思うものの、あまり自慢を聞かされたりすると、今度は逆の気持ちが起こってくる。この人は「これでよかったのだ」と自ら言えるような人生を生きることが怖いので、うまい弁解を見つけるために、他人の「幸福」などという看板を借りてきているのではないか、と思ったりする。
ここでの河合さんは「シビア」ですね。私は…「“自分を生きる!”とは、いったい何であるのか?」と、自問自答しています。
さて、「フィナーレのメッセージは?」というと、河合さんは、高ぶったご自身の気持ちを“鎮める”かのように、少しウイットもまぶして、今回も〆てくれました。
断念せずに突き進むのも一つの生き方である。そのときは、「これでよかった」と言えるにしても、自分や他人の「幸福」を破壊することがあるかもしれぬという覚悟は必要である。覚悟もなしに自分のやりたいことをやって、「幸福」が手に入らぬと嘆いている人は、「全面“降伏”」の人生ということになろう。
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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