『＜心理療法コレクションⅥ＞心理療法入門』の第8章の最後で、河合隼雄さんは「個人のなかの社会」という項を設け、語ります。
冒頭で河合さんは、「会社に新しく入社した女性社員が、職場の人間関係がうまくゆかず、仕事は面白くないので、会社に行く気がしない、ということで相談に来る」事例を語ります。
彼女の話を聴いて、心理療法家は、「そんな職場はやめてしまいなさい」とか、「日本の会社は、大なり小なりそのようなものですよ、辛抱しなくては」などと忠告したり、助言したりはしない。心理療法家が関与し、二人でかかわることによって、彼女のなかの「社会」、社会のなかの「彼女」がどう変化してゆくか見ようとする。そのためには、通常の思考だけでは突破口が開けない、と思ったときは、夢や箱庭、絵画などのイメージの表現に頼ったりする。そして、心理療法の過程のなかで、「彼女のなかの社会」が変化し、折り合いをつけやすいものになっていくのだ。（223ページ）
この「個人のなかの社会」は、『＜心理療法コレクションⅥ＞心理療法入門』の掉尾を飾ります。そのことも相まって、この「個人のなかの社会」は、河合さんが人生をかけて、その思いを綴った「たましい」の言葉であることが伝わってきます。
上記引用の続きです。
この変化は徐々に生じるときがある。このようなときに、「会社もこの頃は大分変わってきました」と言った後にすぐ「変わると言えば、私も変わったのかしらん」と独り言を言う人もある。あるいは、上司との大げんかとか、思いがけない事故とか、何かを契機として急変かすることもある。しかし、この際も、外的には急変であるが、内的には徐々に変化してきて、その頂点としてこのようなことが生じたことがわかる。あるいは、彼女が退職を決意し実行することもある。どのような結論が出るにしろ、彼女が自分のなかの「社会」と、しっかりとつき合ってゆく姿勢をつくりあげることが必要である。（223ページ）
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日本における臨床心理学者の嚆矢ともいえる存在である河合隼雄さんについては、＜心理療法コレクション＞シリーズによって紹介してきました。河合さんはその生涯において、自らは一心理療法家であることを自明としつつ、晩年に至って社会啓もう家、思想家としての相貌が表れてきます。
今後も、滋味あふれる一つひとつの言葉をかみしめていきたいと感じています。
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