傷から血を流しつつも「裏切り」の意味をだんだんと知っていくと…

河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の51番目のタイトルは、「裏切りによってしか距離がとれないときがある」です。

今回のエッセイタイトルは、なかなかシビアですね。当該エッセイは、前回の内容を引き継いでいるようです。

前回に書いたことと似たようなことであるが、問題がもう少し深刻になることに「裏切り」ということがある。裏切りによって傷つくことは、裏切る方にとっても、裏切られる方にとっても深いものがあり、時には一生癒されることがないことさえある。古今東西の偉大な物語…時に悲劇…において、裏切りという主題がどれほど重視されているかを見ると、人生における「裏切り」ということが、どれだけ重みをもっているかがわかるであろう。

この「裏切り」のリアルを、河合さんはこのエッセイで紐解きます。ここは、臨床心理学者とは別の、小説家的な河合さん姿が伺われます。
「二人の青年が友人になった」から始まる「物語」が展開していくのですが、この二人は小説家志望で、お互いカバーし合って、心を通わせています。小説を書き投稿したり、同人誌をつくったりするものの、うだつがあがらないこともあって、一人は文学をあきらめ、社会人となり、結婚し、だんだんと普通の人間として社会に生きていくことになります。
「小説家」を普通の人間ではない、と捉える河合さんの視点は興味深いですね(笑)
もう一人は、文学をあきらめることができず、しょっちゅう友人の家に来て食事をしたり、時にはお金を借りたりします。妻も夫の気持ち(友情の継続)に従い、厚かましいとも言える青年をいつも厚遇していたのですが…

とうとう、文学青年の書いた小説が入選した(大した賞ではなかったが)。同人たちに祝福されたが、例の友人は怒りに狂わんばかりであった。というのは、その小説の人物のモデルは彼ら夫婦であることが、彼らを知っている人にはすぐにわかるのみならず、それは極めてシニカルにしかも現実を巧みに歪曲して、俗人の典型のような姿で描かれているのだった。まったくの「裏切り」に怒り、彼はすぐに絶交を申し入れた。相手はただ愧じいるだけで、黙って立ち去ってしまった。

河合さんの著作で『大人の友情』という本があります。この箇所に触れた時、その本を想起しました。文庫の表4(裏表紙)の記述を紹介しておきます(別の機会に取りあげてみようとも思っています)。

あなたは友人の出世を喜べますか? 人はなぜ裏切るのでしょう? 夫婦、男女、そして上司と部下の友情とは? 人生を深く癒し、温かく支える「友情」について、臨床心理学者として豊富な経験と古今東西の文学作品からときほぐす、大人のための友情諭。…あなたには、友達がいますか?

この後は、ユング派心理学者の泰斗である河合さんが濃厚に感じられる展開です。

このような例の場合、事情を知った者たちの間では、裏切り者の方が非難される。特に、そこには本人の功利的な意図も混じっているので、当然と言えば当然である。しかし、深く深く考えてゆくと、あまり単純に善悪を論じられないとも言える。
純粋にひたすら傾倒する者とされる者との間でもこのようなことは生じる。師弟、夫婦、先輩と後輩、などの間に生じる「裏切り」は、もちろん、その他の意味において起こることもあるが、同一化の破壊的な解消の意味をもっていることがある。

フロイトとユングの関係が想起されます。
このエッセイのフィナーレに向かって、河合さんの筆は熱を帯びます。紹介し、今回の解説を終えることにします。

のぼせの終わりが関係のはじまりになることを既に述べたが、裏切りによって切り離された二人が関係を回復することはあり得るだろうか。これは極めて困難なことで、多くの事例が…他者からみれば残念なことだが…悲劇的な決裂を示している。
しかし、稀ではあるが回復の例はないことはない。深い怒りと悲しみ、後悔、それらを繰り返しつつ、傷から血を流しつつも、その意味をだんだんと知ることによって、まさに関係を深めることは可能と思われる。そのようにして確かめられた関係は、深くて強いものとなるだろう。
キリスト教神話の中核のなかに「裏切り」の行為が語られている意味も、このようなところにあるのだろう。


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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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