（鷲田）
……文学ってゆるそうに見えるけど、実は緻密に個々の作家の中で隙間なくきちっと編まれるというか、構成されていると思うんです。でも事例研究というのは、意味が完全に一つの織物の中に凝縮されない。ある別の解釈をも許すような契機をそのままに組み込んで、そのまま出す。それが事例研究じゃないでしょうか。そうでなかったらただの諭文になってしまう。事例を百パーセント解釈しきっても別なふうに読めるというのが事例研究。
今回は、『臨床とことば』の第2章「聴くことの重さ」の最後の見出しである「事例研究と文学の違い」の内容を取り上げ、コーチングを語ってみようと思います。
河合さんと鷲田さんは、そもそも研究者ですから、「事例研究」の意味、定義については、それを話題にする以前に、ほぼ共有されています。ただ、「科学の研究（≒理論構築）」は普遍性を目指すことが前提であるにもかかわらず、河合さんが「便宜的因果性に賭ける力」という表現で、「偶然性」という、あいまい（グレー）なところに価値を見出していることに触発され、前段の最後で鷲田さんは、次のように疑問を投げかけます。
（鷲田）
……科学は偶然性をどんどん排する方向で、必然的なものだけを見てきましたけど、偶然性というのも問題で。
（河合）
ものすごい大事。
（鷲田）
偶然性を孕んだ科学。
そして、今回の見出しである「事例研究と文学の違い」にテーマが遷移します。
スタートの対話です（上記の続きです）。
（河合）
そう、そのとおり。それをやらなかったら絶対だめです。
そうすると事例研究は、文学とどこが違うかと問われます。文学も個別性を掘り下げていく。どうですか。
（鷲田）
難しいボールがきたなあ。
（河合）
谷川俊太郎さんに言われたんですよ。
（鷲田）
先生はどう答えたんですか。
（河合）
僕は文学は何もわからんのに、こういう仕事の名人になっているから、それは全然違うでしょう、と（笑）。そんなの答えになりませんって怒られたんだけど。それ僕、いまだにちゃんと言いきれなくて困っていることなんです。
ここから、知性溢れる巨人であるお二人の、やや難解な言い回しの対話が3ページにわたって繰り広げられるのですが、冒頭の引用は、見出しの「事例研究と文学の違い」に、鷲田さんが一応の結論を提供したところです。河合さんも受け入れます。
さらにテーマは「幸福論」に遷移します。高度なセンサーを持ち合っている知の巨人（繰り返し使ってしまいました）の語り合いは、巻かれている紐が解かれ、するする広がり顕れていく、きらびやかな「絵巻物」のようです。
鷲田さんが捉える「幸福とは？」に応える、河合さんの包容力溢れる「パラドックス哲学」を引用して、今回の「コーチング解説」を終えることにします。
（鷲田）
……幸福というのは皆つくらないといけない、つくり上げる作品としての幸福にイメージを持っていったからであって、昔の人のほうがむしろ、今先生がおっしゃったみたいに、偶然を孕んで、たまたまこういうふうな、という感覚をもっと持っていたんじゃないかと思うんですけどね。（中略）
昔の人は、運とか、たまたまということの中に、自分を超えたものとの関係の中ではじめて成就するものを思い描いていて、自分で完結してなかったと思うんです。今は自分とか家庭とかの中に完結する作品のように考えますね。
（河合）
それはよくわかりますね。僕らの仕事はその逆ですね。努力とか、完結しようとせずに、そんなのやめなされと（笑）。そういうことをやってるんですね、だから、こんなこと言いますよ。あなたは常識で考えるかぎり、治ることはありませんって。しかし偶然ってことがあるから、一緒に待ちましょうって。努力している人というのは、偶然が来ても見えないんですよ。
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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