一種の精神的な武器として哲学が呼び出されるのだろう

科学者も官僚も政治家も専門分化して細部には詳しくても、担当分野以外ではずぶの素人で我々と変わらない。大きな流れを見通して、今やるべき課題に取り組むことができないでいる。変な言い方だが、アマチュアだらけのプロ集団になっている。だから哲学に期待がかかる。
(日本経済新聞11月6日31面「期待高まる哲学 どう生かす~哲学者・大阪大学名誉教授 鷲田清一氏」より引用)

前回まで、河合隼雄さんと鷲田清一さんによる『臨床とことば』(全253ページ)を70回取り上げ、コーチングを解説してまいりました。そして、「この回をもって同書から離れ、次回から新しい題材を用いて、コーチングを語ってみようと思います」、とコメントしています。
同書の原本は、「臨床哲学」を提唱している鷲田さんに河合さんが対談を望まれ、単行本として2003年に出版されています。河合さんは2007年に亡くなられます。同書は、追悼の意を込めて、2010年に文庫版として出版されたのですね。
鷲田さんはその「文庫版あとがき」の最後に次の言葉を献じています。

わたしはそれまで「先生」と呼ばれる人をもったことがなかった。戦慄のような感覚がわたしのからだのなかをはしりはじめたそのときに、先生はほんとうに逝ってしまわれた。わたしはぽつんひとり、残された。

さて冒頭の引用です。少し驚きました。というのも、『臨床とことば』の最終章は鷲田さんの一人語りなのですが、この最終章56ページに収められた鷲田さんの言葉(哲学そのものです)を丁寧にすくって読み込み、26回目(最終的に27回ほど綴っています)を書こうとした、その日の日経新聞朝刊31面が、ほぼ全面で、鷲田さんのインタビューだったからです。柔和な表情の大きな写真が添えられています。

『臨床とことば』には、20年前の鷲田さんの言葉が収められています。その鷲田さんが20年後の今、何を語られるのか、俄然興味を覚えました。
記事は、次のコメントからスタートします。

哲学への関心が高まっている。「正義論」や「存在論」「現代思想」についての堅い書籍が売れ続けている。学生だけでなく、社会人にも学び直しの機運が広がる。

鷲田さんへの最初の質問は「現状をどうみますか?」です。

哲学が急に求められているとは思わない。世界や社会が混乱し、先行きが見えず、不景気になったりすると、人びとの関心がしばしば哲学に向かう。時代に翻弄されたり押しつぶされたりしないよう、一種の精神的な武器として哲学が呼び出されるのだろう。敗戦後もそうだし、私が大学に入った1960年代後半もベトナム戦争が激化し、みなが哲学にかじりついた。

鷲田さんは若き日のご自身の体感を振り返り、哲学が求められるその背景を語ります。そして現代について……

ただ、21世紀に入って哲学がより強く要請されるようになったのは確か。これは非常に分かりやすい現象だ。科学技術や情報システムの発達で世界がすごい速度で緊密に結び付けられ、経済活動や政治をはじめ、たいていのことが世界中を巻き込むようになった。気候変動や民族紛争、貧困など生存にかかわる問題には、個人はもちろん、一つの社会、一つの国ではとても対応できない。日常の暮らしがグローバルで多元的で全体を見通せない問題を抱え込むようになった。

「新たな方向性 対話で探る」と、大きな見出しが付された、哲学者である鷲田さんの言葉を次回も取り上げることにします。


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