おのれが不明になることの歓びにもっと浸れと誘惑された…

ことばは、かたちを求めてうごめくものにかたちを与える。ことばがかたちとなって、かたちなきものが固められる。「語る」とは自己の記述のしなおしであるかぎり、そこにどうしても「騙(かた)る」という契機が忍び込まざるをえない。

前回まで、『臨床とことば』第4章の4番目の見出し、「語りの手前で」を2回に分けて綴ってみました。今回は5番目の見出しである「<語る/聴く>のなかの共犯関係」について、コーチングの解説を試みます。

冒頭は、哲学者の鷲田さんがその2ページ目あたりで語っている言葉です。哲学とは、「言葉をどこまでもつくし抜いて、対象の根源に触れようとする営為」だと捉えているのですが、日本における哲学“者”の泰斗である鷲田さんからは、まさにその「営み」が伝わってきます。

筆者は、『臨床とことば』の第4章で綴られる鷲田さんの「言葉遣い」一つひとつを、ときに立ち止まりつつ、丁寧に読み込んでいます。そうすると、鷲田さんの「言葉遣い」に対して、芳醇な味わいを感じることができるようになってきました。ただし…ちょっと難解ですね(笑)。

一方で、河合隼雄さんとの「対話」である第2~3章は、決して難解ではありません。「対話」は、目の前に居る相手に対して、お互いが繰り出す「言葉」を双方が受けとめ、「相応の理解」をつみ重ねていくことで成り立つ時間の流れです。ですから「難解」な言い回しは、それほど用いないことが、暗黙のルールになっているようにも感じます(多くのケースでは)。

ただし、同書の解説で、医師で作家の鎌田實さんが「臨床心理学者と臨床哲学者のそれぞれの雄ががっぷり四つに組んで、<臨床とことば>について横綱相撲を見せる」と、指摘されたように、お二人の「言葉の応酬」は「難解ではないけど深淵」なのですね。

そして、“時間を置いて”この第4章が綴られます。少し難解な言い回しですが、滋味あふれるその感覚を読者のみなさんも感じていただけるよう、コーチング視点で紐解いてまいります。
冒頭の引用は、次の言葉を起こした上で、つながっていく語りです。

語りとは語りなおしのことである。語りのなかでひとは自分を編みなおす。「自己のアイデンティティとは、じぶんが何者であるかを自己に語って聞かせるストーリーである」と述べたのはR・D・レインだが、生きるということには、このような「じぶんに語って聞かせるストーリー」が自他のあいだで、そのストーリーをたがいに無効化しあう齟齬や不協和音を引き起こしながら何度も何度も破綻する果てしのない過程であると言える面がある。

ここも少し難解な言い回しです。河合隼雄さんによって、自分が「何度もかき混ぜられた」体験を経たからこそ、こうして紡ぎ出されたと、筆者は受けとめています。その「かき混ぜ」は、コーチングが深く機能したシーンでも訪れます。

鷲田さんが同書の「文庫版あとがき」で綴る、臨場感そのものの体験を引用して、今回のコーチング解説を終えることにします。

河合先生と向かいあったときの感触というのは、わたしにとって、ときにどでかい岩盤のようであり、ときにうぶ毛でできた森のようであり、ときにどろっとした緑の淵のようであった。わたしのわるい癖で、つい話をまとめようとする。するとかならず先生は、鍋の中の湯が煮立つときのように、大きな対流を起こして話をかき混ぜられる。もっと未分化のままでいろと諭すかのように。そして固まりかけているわたしによりも、その前の困惑や迷いのほうにより深く共振してくださる。そしてわたしはまた不安になる。おのれが不明になることの歓びにもっと浸れと誘惑されたみたいに。


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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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