河合隼雄さんの『大人の友情』の8番目のテーマは、「裏切り」です。28話からの4話で構成されたエッセイは、臨床心理学者である河合さんの真骨頂が感じられる内容となっています。
最初のエッセイタイトルは「信義を守る」です。有名な太宰治の『走れメロス』を、多くの字数を使って取り上げ、「友情」と「裏切り」の関係について、「大人視点」での論及が開始されます。
友人の間の信義の美しさを語る話はたくさんある。そのなかでも、太宰治の『走れメロス』を思い出す人は多いのではなかろうか。内容も文章も直截で印象的である。それに国語の教科書でお目にかかった人のあるのではなかろうか。
「友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだ」という表現が、このなかにある。友人の信実が「この世で一ばん誇るべき宝」であることを、この短編は読者の胸に見事に伝えている。
太宰は、「しんじつ」という言葉を「真実」ではない「信実」で表します。『走れメロス』は、「信じる」と「現実」の狭間で揺れ動く「人の心」を描き切るために、“究極”ともいえるシチュエーションが設定されています。
エッセイの前半でストーリーが紹介されます。それを終えての3行が、『走れメロス』に多くの読者が「なぜ引き込まれるのか？」を紐解く、河合さんの視点です。
この物語を、太宰治は短い、緊迫感に満ちた文で語り、「信実」の力を強く感じさせてくれる。それに、最後は、暴君も心を打たれてメロスを許すというハッピーエンドによって、感動をより高めてくれる。
この物語のヤマは、アクシデントもあって、メロスは友人であるセリヌンティウスとの約束を放棄しようとするシーンです。その理由も描きながら…
まず不可抗力であった、という状況。自分は限界まで頑張った、という自己弁護。フロイトが提起した「防衛機制」です。「補償」であり、「合理化」です。ここが実に太宰的で小説の楽しみを実感できます。
河合さんも、そのあたりを次のように切り取ります。
ところで、この話で、もうひとつ注目すべき点は、途中でメロスがあまりにも疲れ果て身動きならなくなったときに、「裏切り」の気持ちがふと心をかすめるところである。「身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者にも不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った」のだ。「人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか」と彼は考える。しかし、一杯の水に心身を恢復して走り出し、彼は目的を遂げることができた。
河合さんは、「これは、実に味わい深い話だ。メロスもセリヌンティウスも信義に生きた立派な勇者である。しかし、彼らは、完全な信義の人ではなかった」と、指摘します。
メロスのように心身共にヘトヘトに疲れ切ってしまった場合、人は、複数の考えを整理して最適解を導き出す、ということができなくなります。つまり、その人の「シンプルな地」が出てくるわけで、それは「固有の価値観」であったり、「思い込み」と説明できそうです。宗教的には「信仰」と表現できるかもしれません。筆者はここで、「メロスの場合は？」と考えてみました。
それは…「友は私を信じているということを私は信じている！」という「思い込み」だったと解釈しています。メロスは「他の考え」はすべて放棄し、その「信」のみを根拠として、走り続けたのではないでしょうか。
河合さんは、次のエッセイにつなげるように、今回の話をつぎのようにまとめます。
相談室では「裏切り」はよく話題になる。裏切られた不幸を嘆く人、恨みを晴らしたいと怒る人。それとは逆に、裏切ってしまった後で、「人間世界の定法」や「人力の限界」などによって弁解しながらも、自分で納得がゆかず、心の収まらない人。このような人と話しあいながら、「裏切り」についてはよく考えさせられる。
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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