(鷲田)
今の私たちから考えられないですけど、王朝文学なんて読んでいていつも面白いなと思いますのは、視覚性がどこか引っ込んでいる。最初、何となく噂話で聞く、で、その後香りがしたりとか、その後衣擦れの音がしたりとか。で、真っ暗な中忍び込んできて、全部すんでから朝起きて顔を見るという。
臨床心理学者の河合隼雄さんと臨床哲学を提唱する哲学者の鷲田清一さんの対話は、全4章で構成された『臨床とことば』の第2章「聴くことの重さ」からスタートします。同本では「章」という表現は使われていないので、前回まで「カテゴリー」としていました。今回から、便宜上「第〇章」を用いることにします(わかりやすさを優先します)。
この「聴くことの重さ」は、全部で7つの見出しが配されています。今回は、3番目の「“見る”以外の感覚を」を取り上げますが、このあたりから、お二人のやりとりにエンジンがかかってきます。
河合さんは王朝文学にも通暁されていますから、鷲田さんは「先生のお話の中には昔の話や匂いの話や、触れる話とか、聴くとか、単に距離を置いて見るのではなく、触覚性みたいなことがあるんですね」、と水を向けます。冒頭の引用は、その流れの中で、鷲田さんが「大人の話」を上手にまぶし(笑)、臨床における“五感”の重要性を、河合さんに訊ねるシーンです。
河合さんは、即反応します。
(河合)
見るなんて、三日経ってからですよ。
(鷲田)
見るのがいちばん最後に来る。
(河合)
考えてみたら、体験と言うものの根本を押さえている、と言えるかもしれないですね。我々は「見合い」と言って、見ようとするでしょう。だからほとんど本質を逃している。で、結婚してから「助けて!」って(笑)。
改めて、「人は見たいものだけ見て、聞きたいことだけを聞く」という「実感できる箴言」が思い出されます(笑)
ここで交わされるお二人の「大人の話」は、『源氏物語』がイメージされます。第6帖「末摘花」で源氏は、末摘花の寝処に忍び込み、全部をすませ、眠ってしまいます。真っ暗ですから、末摘花の容貌は視認できていません。そもそも源氏が末摘花に興味を覚えたのは、身分の高い皇族であった故常陸宮の姫君である末摘花が、荒れ果てた邸にひっそりと住んでおり、琴の名手だという「うわさ」が発端です。
鷲田さんは翌朝、河合さんは3日後、と言っていますが、源氏が末摘花の容貌にショックを受けるのは、後日に訪問し、やはり済ませた後、雪景色の朝に明るい場所に誘ったことで、はじめて、まじまじと見てしまったからです。見てしまうまでの時間の違いはともかく、お二人の「大人のやりとり」はとてもいい(笑)
その後、「知の巨人」でもあるお二人の対話は「客観性とは?」に遷移します。
(鷲田)
20世紀の科学にしても、そもそも量子力学などとともに、客観的な観察、観測というのは、実は観測者のいる場所とか相手との位置関係とかと相補的だという考え方が出てきた。科学史のパラダイムという考え方でも、同じ「重量」という概念がニュートン力学と量子力学では通約できないとされる。基本的に共通の分母がない。つまり客観性という理念への疑問が次々と出てきた。こういう流れがある一方で、医学や心理学の世界では依然として客観性神話が根強い。
「CBLコーチング情報局」は、コーチングを「リベラルアーツ」と捉えます。鷲田さんの「客観性神話」を受けて、ここから河合さんの長い語りがはじまります。「心理学」、そして「日本」について、河合さんは俯瞰します。すべてを引用したいところですが、その1/3ほどにとどめ、今回の「コーチング解説」を終えることにしましょう。
(河合)
それは、心理学は後進国ですからね。物理学は先端に行っているでしょう。最先端に行っているから、かえってパラダイムは変わってくるんだけど、心理学は、学問ではいちばん最後に出てきたから、何とかして追いつかなきゃいかんと思うから、近代科学の真似ばっかりしてたんですね。
それと、日本ということもちょっとあると思いますね。日本人はつまり、西洋の外国の科学をどう取り入れるか、どう追いつくかいうことを考えすぎた。何とかして近代科学に追いつこうという姿勢が強すぎるわけですよ。それ以外のものはだめだと排除している。だからかえって欧米の方が考え方に柔軟性がありますよね、日本は硬いでしょう。……
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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