本書では鷲田さんと、人と人の「距離」について話し合っている。このことは、今後もう少し組織的、体系的に考えてゆかねばならぬことと思っている。あらゆる「臨床」という学問において大切になってくることで、それは人と人との間のみならず、人とある現象の距離の在り方として、考えておく必要があると思う。
『臨床とことば』の4つのカテゴリーの最初は「臨床心理学と臨床哲学」です。「CBLコーチング情報局」は、コーチングを「ただのスキルではなく、「哲学であり思想である」と、捉えているので、河合隼雄さんと鷲田清一さんの視点に共感し、同書を取り上げつつ、コーチングを語っていくことを始めています。冒頭は、4番目の見出し「さまざまの距離」の最初のパラグラフです。
「距離の在り方」を考えるために、河合さんは、「非行グループに入っていたが、窃盗でつかまった少年とのカウンセリング」を想定しています。「傾聴」によって、「自分の父親が酒ばかり飲んで、自分のことを何も構ってくれなかった…」と、言葉が出てきたところで、「そのとき、どんな応答があるだろう」、と次の5パターンを例示します。
1.「それで、お父さんはどんな職業?」
2.「大変なお父さんだけど、お母さんはどうだったの?」
3.「ずいぶん辛かったね」
4.「悪いお父さんだね」
5.「そんなお父さんなら、君が非行に走るのも当然と思うよ」
考えるといくらでもある。「ハァ……」と言うだけ、という応答もある。
この後で河合さんは、それぞれの応答に対して、「距離感」の視点で詳細に分析しています。さて、読者のみなさんは、どのように思案するでしょうか。河合さんの視点を紹介してみましょう。
(1.の応答)普通の人のよくするもので、話を聴きながら、困った父親だと思いつつ、いったいどんな職業の人なんだろうと疑問に思う。このときは、少年の述べた内容について考えているのだが、少年の気持ちからはだいぶ距離がある。
(2.の応答)お父さんは駄目だが、ひょっとしてお母さんには何らかの希望を見出せるかもしれぬ、と考えての応答で、少年のことを考えているのは事実だが、1.と同様に少年の気持ちとは距離がある。
(3.の応答)その点で言うと、ズバリと少年の気持ちに接していて、距離は近い。
(4.の応答)少年の気持ちに接しているが、「父親が悪い」という判断を示して、おそらく少年も同感だろうと思われるので距離はもっと近くなる。
(5.の応答)同様のことである。少年は距離が近いと感じるだろう。
河合さんは、このように“単純な”「距離感」の視点で、まず捉えます。ここから本格的に分析が開始されます。4.と5.のように「近づきすぎると、少年は依存したい気持ちを強くもったり、自分の気持ちを肯定されたのだから、とそれをもっと強調したくなるだろう……」と指摘し、その結果、どのような態度が少年に現れるかを説明します(さまざまパターンが挙げられます)。その上で、河合さんはジャッジメントを避けるのですね。
ほんの少しの言い方、態度で二人の距離は近くなったり遠くなったりする。そして、常に一定の距離を保つのがよい、などということもなく、遠くなったり近くなったりしつつ、進んでゆくのだが、治療者はその「距離」を相当に意識していないといけないし、必要に応じて変えることも大切である。
河合さんは、悩み続けたのかもしれません。「臨床心理学」を究めたとされる河合さんは、最後の最後まで、「一刀両断」「快刀乱麻」の解答は、一切口にされませんでした。
最初のカテゴリーである「臨床心理学と臨床哲学」は、あともう一つ「対話の必要性」の見出しを残し、次のカテゴリーである、河合隼雄さんと鷲田清一さんの対話である「聴くことの重さ」に移行します。
次回は、「対話の必要性」を取り上げますが、今回の最後に、鷲田清一さんによる「文庫版あとがき」の書き出しを引用しておくことにします。
いまは亡き河合先生と膝を突き合わせてお話しできるようになったのは、最後の七、八年ほどのあいだのことだ。親しくお話しさせていただくようになって、それ以前に妄想していた「怪物」というイメージがかき消されるどころかいっそう生々しいものとなった。
河合先生はいつも肩の力を抜き、飄々としておられた。それに何より駄洒落の名人である。……
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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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