夏目漱石は『こころ』を綴ることで、自死を超えることができた…

河合隼雄さんの『大人の友情』は、8番目のテーマとして「裏切り」を選択し、28話から4つのエッセイが配されました。その最初のエッセイは、太宰治の『走れメロス』を取り上げます。太宰の描く究極の「信実」を読み込み、河合さんは、「裏切りとは?」に迫っていくのです。

相談室では「裏切り」はよく話題になる。裏切られた不幸を嘆く人、恨みを晴らしたいと怒る人。それとは逆に、裏切ってしまった後で、「人間世界の定法」や「人力の限界」などによって弁解しながらも、自分で納得がゆかず、心の収まらない人。このような人と話しあいながら、「裏切り」についてはよく考えさせられる。

コーチングは、パフォーマンスの向上を願うクライアントに伴走しサポートすることですが、その対象者は「大人」(年齢の基準ではなく)です。この『大人の友情』に登場する多くの人達は、まさにコーチングのクライアントと相似形であることが実感されます。

河合さんは多くの著書で、時代を超えた世界中の“物語”を取り上げ、自問自答します。ご自身の人生と照らし合わせながら、そして、世界の“物語”に込められた作者の意図を想像し、膨らませ、クライアントの悩みとリンクさせることで、自らの思想を構築されていったことが偲ばれます。

河合さんは、「罪の深さ」を今回のエッセイのタイトルとしています。夏目漱石の『こころ』を再読した際に得られた「気づき」を語ってくれました。

これを書くについてもう一度読み直してみて、「『こころ』のことなら知っていると思っていたが、『こころ』のことはほんの少ししか知っていなかった」と臨床心理学者らしい反省を強いられた。冗談はさておき、読者の皆さんも、もう一度読んでみられてはいかがだろうか。

河合さんらしい諧謔でこのエッセイはスタートしました。「人の心などわかるはずがない」が河合さんの臨床心理学者としての哲学です。したがって「臨床心理学者らしい反省」という表現は、矛盾していないことを、ここで一応補足しておきます(笑)
河合さんの「新たな気づき」は、とてもスケールの大きい歴史観として結実しました。

「先生」は死んだが、漱石は死ななかった。ここまで自分の心の闇を追求し、自分の弱さを自覚し、漱石はある意味では「死」を体験したと言えるだろう。しかし、なぜ彼は死ななかったのか。この闇の果てにどんな光を見出したのだろう。これにはいろいろな答えがあるだろうが、『こころ』をわざわざ三部作として、先生の死を語るまで、「先生と私」という、「私」を登場させているところに、ひとつの解答があると思う。

河合さんは次のような解答を導き出します。当該エッセイ最後のパラグラフです。

先生が自決を選んだのは乃木の殉死に影響されている。先生は明治天皇の死を知ったとき、明治の精神が死んだと思った。そして、乃木のように明治の精神に殉ずることにした。漱石も明治の精神に強く影響を受けていた。そして、その線に沿う限り答えは死しかない。しかし、有難いことに先生はこのことを伝えられる一人の若者を見出したのだ。それこそが「私」である。「私」は明治の精神を超えて生きてくれる。こう考えるなかで、漱石は彼自身も明治を超えて生きてゆくことになった。

「人は自分の“物語”という脚本を演じている」、と多くの臨床心理学者は語ります。ときにそれは「悪しき物語」となってしまい、その人はその“物語”に縛られてしまうことがあるでしょう。 
“物語”は創作される(された)ものです。河合さんが『こころ』のなかに「私」の存在を見出したように、その人の“物語”が「善き物語」に改変されていくのを、今「私(筆者)」はイメージしています。それは、筆者がプロコーチとして、クライアントと「善き物語」を創ろうと、共に豊かな心持を膨らませている情景です。


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This article was written in Japanese and converted into English using a translation tool. We hope you will forgive us for any inadequacies.
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