「家族関係」は崇高な“仕事”である!
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の43番目のタイトルは、「家族関係の仕事は大事業である」です。 河合さんは、あえて「家族関係」を“仕事”と捉え、かつ、それは「大事業」であると指摘します。このタイトルを見て...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の43番目のタイトルは、「家族関係の仕事は大事業である」です。 河合さんは、あえて「家族関係」を“仕事”と捉え、かつ、それは「大事業」であると指摘します。このタイトルを見て...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の42番目のタイトルは、「日本的民主主義は創造の芽をつみやすい」です。 42番目のコラムタイトルは、これまでとは少し異なりますね。冒頭で、「そもそも民主主義とは何かなどとい...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の41番目のタイトルは、「危険の際には生地が出てくる」です。 河合さんは、最初のページの最後に「しかし、自分の欠点は努力によっても、相当にカバーできるように思われる」と記し...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の40番目のタイトルは、「道草によってこそ“道”の味がわかる」です。河合さんが子どもの頃を振り返り、ノスタルジアが伝わってくるような書き出しで、このエッセイはスタートします...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の39番目のタイトルは、「『昔はよかった』とは進歩についてゆけぬ人の言葉である」です。 河合さんは冒頭で、三千年前から、人間は「昔はよかった」という言葉が好きであったことを...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の38番目のタイトルは、「心の支えがたましいの重荷になる」です。 最初の1ページで、それまでは仕事こそ「私の生き甲斐」と言っていた、仕事をするのが面白くてたまらなかった中年...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の37番目のタイトルは、「一人でも二人、二人でも一人で生きるつもり」です。 河合さんは、このエッセイのスタートで、子どものいる老齢の夫婦が、子どもから相手にされなくなり、こ...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の36番目のタイトルは、「勇気にもハードとソフトがある」です。 わかりやすい勇気のハード面に対して、ソフトの勇気を紐解こうとする河合さんの思いは、エッセイの中間あたりで語ら...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の35番目のタイトルは、「強い者だけが感謝することができる」です。 このエッセイの冒頭1ページで、カウンセリングや相談などを職業としている人たちを指導している河合さんが、そ...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の34番目のタイトルは、「どっぷりつかったものがほんとうに離れられる」です。 河合さんの当該エッセイ集は、55のエッセイで構成されます。この本は1992年に発刊されています...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の33番目のタイトルは、「逃げるときは物惜しみしない」です。 前半で河合さんは、「孫子の兵法」ならぬ「河合の兵法」といった趣で、「殿(しんがり)戦」を解説します。 昔読んだ...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の32番目のタイトルは、「うそは常備薬、真実は劇薬」です。 河合さんは、数多くの「至言」を残されていますが、この「言葉」は特に有名です。チャットGPTに「うそは常備薬、真実...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の31番目のタイトルは、「ソウル・メーキングもやってみませんか」です。 今回は、「この原稿を書いているのがお盆だから。というわけでもないが、今回はたましい(ソウル)のことを...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の30番目のタイトルは、「同じ“運命”でも演奏次第で値段が違う」です。河合さんは冒頭で、「ベートーベンの運命交響曲を、ベルリンフィルが演奏するのと、日本のオーケストラ、ある...
河合隼雄さんのエッセイ集である『こころの処方箋』の28番目のタイトルは、「文句を言っているうちが華である」です。 みなさんはこのタイトルで何を連想するでしょうか。よく夫婦関係で、「喧嘩しているうちが華である」といわれます...